
「練習では走れるのに、本番になると力を出せない」
「同じペースでも、気持ちによってきつさが違う」
ランニングを続けていると、こうした経験をすることがあります。
走りのパフォーマンスには、心肺機能や筋力、補給、気象条件などとともに、心理的な要因も関わります。ただし、失速した理由をすべて「メンタルが弱いから」で片付けると、練習量やペース設定、体調の問題を見落としかねません。
この記事では、メンタルと持久系パフォーマンスの研究をもとに、ランナーが実践しやすい工夫を紹介します。対象は初心者から記録向上を目指す市民ランナーです。
メンタルはランニングのパフォーマンスに影響する?

心理的な工夫は、持っている走力を発揮する助けになる可能性があります。
持久系運動の研究をまとめたレビューでは、セルフトーク、イメージ、目標設定を支持する結果が報告されています。
セルフトークとは、自分に向けて頭の中で話したり、短い言葉をかけたりすることです。「落ち着いて」「この区間を一定に」といった言葉も含まれます。
一方、スポーツ全般を対象にした別のレビューでは、研究の質や解析方法によって結論が変わることも示されています。「この方法なら誰でも速くなる」「何%タイムが縮まる」と一律にはいえません。

メンタルへの取り組みは、普段のトレーニングや回復に加える工夫として考えましょう。
メンタルと走りをつなぐ「きつさ」と「行動」

同じ運動でも、感じるきつさは一定ではない
ランニング中の「どれだけ頑張っていると感じるか」は、主観的運動強度(RPE)などで評価されます。
セルフトークの実験では、持久運動の継続時間が延びるとともに、運動途中のRPEが低くなった結果が報告されています。

ただし、感じるきつさには身体の状態も関わります。普段よりきつい日には、気持ちを切り替えるだけでなく、睡眠、疲労、暑さ、補給、体調も確認する必要があります。
緊張したときは「何をするか」を決めておく
緊張や不安が出たとき、気持ちを完全に消そうとしても、うまくいくとは限りません。
実践上は、感情があっても実行できる行動を用意すると整理しやすくなります。
| 場面 | 頭に浮かぶことの例 | あらかじめ決めておく行動の例 |
|---|---|---|
| スタート直後 | 周囲が速い、置いていかれそう | 最初の区間は予定したペースを守る |
| 中盤 | 最後まで持つだろうか | 次の給水地点までの走りに集中する |
| 終盤 | 目標に届かないかもしれない | 体調と余力を確認してペースを判断する |
| 練習で不調 | 今日は走れない自分が嫌だ | 設定を下げ、疲労や睡眠を記録する |
これらは研究で効果を保証された一式の手順ではなく、心理的な考え方をランニングに応用した例です。
研究紹介|自分への声かけで持久力は変わる?

Blanchfieldら(2014)は、24人を対象に、2週間のセルフトーク介入と対照条件を比較しました。
| PICO | 内容 |
|---|---|
| P:対象 | 成人24人 |
| I:介入 | 2週間の動機づけを目的とするセルフトーク |
| C:比較 | セルフトーク介入を行わない対照条件 |
| O:結果 | 一定負荷の自転車運動で、疲労困憊までの時間とRPEを評価 |
セルフトーク群の運動継続時間は平均637秒から750秒へ延び、対照群では486秒から474秒でした。また、比較可能な運動途中の時点で、セルフトーク群のRPEが低くなりました。

自分への短い声かけが、運動中のきつさや続けやすさに関わる可能性があります。
ただし、これは少人数の自転車運動の実験です。マラソンのタイムが同じ割合で改善することを示した研究ではありません。 限界まで運動を続けるテストと、決まった距離を走るレースは区別して考えましょう。
「頭が疲れた日は走れない」は本当?

仕事や勉強の後に、「脚より頭が疲れていて走りたくない」と感じる人もいるでしょう。
精神的疲労と持久力のレビューには、平均的なパフォーマンス低下を報告したものがあります。一方、別の検討では、効果の大きさが出版バイアスなどの影響を受け、補正後の証拠は明確ではないとされています。
出版バイアスとは、効果が出た研究のほうが公表されやすいなどの偏りです。
したがって、「考え事をした日は必ず走力が落ちる」「レース前にスマートフォンを見るだけで遅くなる」とまでは断定できません。

実践では、その日の反応で調整します。ウォームアップで普段以上にきつい、集中しづらい、ペースを保ちにくいと感じるなら、速い練習を短縮したり、楽なランに変えたりする選択肢があります。
練習・レースに取り入れたい5つの工夫

以下は、セルフトーク、目標設定、イメージなどの研究を参考にした実践例です。各設定が最適だと検証されたメニューではないため、普段の練習で試して調整してください。
1.短く、実行する内容が分かる言葉を選ぶ
声かけは、無理に明るい言葉にする必要はありません。自分が納得でき、行動につながるものを選びます。
- 序盤:「落ち着いて」「予定どおり」
- 中盤:「この区間を一定に」「肩の力を抜こう」
- 終盤:「余力を確認」「次の目印まで」
「絶対に失速しない」と唱えるより、今の状況で何をするか決めるほうが使いやすい人もいるでしょう。
言葉を使うことで焦ったり力んだりするなら、別の表現に変えます。
2.タイム目標と行動目標を組み合わせる
「ハーフで自己ベスト」という結果目標に、途中で実行する行動を加えます。
例
「序盤は予定した範囲で走る」「給水地点で飲みやすい量を取る」「終盤は余力を確認してから上げる」といった目標です。

当日の暑さや風で目標タイムが難しくなった場合も、行動目標は修正しながら使えます。目標は、自分の現在の走力とコース条件に合う内容にしましょう。
3.距離を短い区間に分ける
長い距離全体を考えると負担に感じる場合は、次の1kmや給水地点などに注意を向ける方法があります。
例
ハーフマラソンなら「前半は抑える」「中盤は一定」「終盤は状態で判断」と整理します。必要なら、さらに短い区間に分けても構いません。
ただし、区間を細かく考えすぎて疲れる人もいます。自分が落ち着いて走れる区切り方を探しましょう。
4.困る場面と、その後の対応をイメージする
イメージ練習では、好走する場面に加えて、想定どおりに進まない場面への対応も考えます。
| 想定する場面 | 対応の例 |
|---|---|
| スタート直後に混雑する | 急な追い越しを避け、安全に流れに乗る |
| 向かい風でペースが落ちる | 無理に設定へ戻さず、負担を見て調整する |
| 給水に失敗する | 急停止を避け、次の機会と体調を確認する |
| 終盤に疲れる | 危険な症状がないか確認し、続行や減速を判断する |

「問題が起きない」と考えるより、問題が起きた後の選択肢を持っておくための練習です。
5.本番前の手順を普段から試す
当日は考えることが多いため、準備の流れを書いておく方法があります。
トイレ、装備確認、慣れたウォームアップ、最初の区間のペース確認など、必要なものを簡潔に並べましょう。
呼吸を整える場合も、息を止めたり、無理に大きく吸い続けたりせず、楽に呼吸できる方法で行います。「この手順なら必ず速くなる」と考えず、準備を進めやすくするために使います。
初心者向け|普段のランでの試し方

まずは一度に一つだけ取り入れます。練習量や強度を増やす必要はありません。
| 段階 | 試す内容 | 確認すること |
|---|---|---|
| ①気づく | いつものランで、きついときの考えを振り返る | どの場面で焦ったり不安になったりするか |
| ②言葉を選ぶ | 短い声かけを一つ試す | 落ち着くか、かえって力むか |
| ③行動を決める | 次の区間で行うことを一つ決める | ペース判断がしやすくなるか |
| ④振り返る | 条件と反応を短く記録する | 自分に合う方法を続けられるか |

記録には、ペースだけでなく、天候、コース、睡眠、疲労、主観的なきつさも添えます。1回速く走れただけで効果を決めず、複数回の反応を見て判断しましょう。
メンタル対策でよくある失敗

失速をすべて「気持ちの弱さ」にする
失速したら、まず序盤のペース、練習内容、気象条件、補給、回復状態を振り返ります。「メンタルが弱かった」で終わると、次に変えるべき行動が分かりにくくなります。
ネガティブな考えを消そうとしすぎる
「きつい」「不安だ」と考えたことだけで、その後の走りが決まるわけではありません。考えが浮かんだら、今できる行動に戻る練習をしてみましょう。
苦しさに慣れるため、毎回追い込む
心理的な工夫は、楽なランでも試せます。強い疲労を増やすことを目的にせず、身体のトレーニング計画に合わせて取り入れましょう。
危険な症状まで我慢する
胸の痛み、失神しそうな感覚、意識の異常、普段と異なる強い息苦しさ、急な鋭い痛みがある場合は、声かけで押し切らず運動を中止してください。状況に応じて周囲へ助けを求め、医療機関への相談や救急対応を優先します。
よくある質問

緊張していると、よい記録は出せませんか?
ポジティブな言葉を使わないといけませんか?
メンタルトレーニングだけで速くなりますか?
走れなかった日は、どう振り返ればよいですか?
例えば「前半に予定より速く走った。次回は最初の区間を抑える」と書けば、次の行動につなげられます。
まとめ
ランニングでは、心理的な要因もパフォーマンスに関わります。セルフトークや目標設定、イメージには研究上の支持がありますが、万人に共通する効果やタイム短縮率は決められません。

まずは普段のランで、短い声かけを一つ試し、気持ちや行動の変化を確認してみましょう。走れない日も身体の状態や条件を振り返りながら、自分に合う方法を探すことが大切です。
参考文献
- McCormick A, Meijen C, Marcora S. Psychological Determinants of Whole-Body Endurance Performance. Sports Medicine. 2015;45:997–1015.
- Reinebo G, et al. Effects of Psychological Interventions to Enhance Athletic Performance: A Systematic Review and Meta-Analysis. Sports Medicine. 2024.
- Blanchfield AW, et al. Talking Yourself Out of Exhaustion: The Effects of Self-talk on Endurance Performance. Medicine & Science in Sports & Exercise. 2014;46(5):998–1007.
- Interindividual Variability in Mental Fatigue-Related Impairments in Endurance Performance: A Systematic Review and Multiple Meta-regression. Sports Medicine – Open. 2023.
- Holgado D, et al. Assessing the Evidential Value of Mental Fatigue and Exercise Research. Sports Medicine. 2023;53:2293–2307.
風を切るランニング 
