
「空腹状態で走ると、脂質を使いやすい身体になる?」
「マラソン後半まで糖質を温存できるようになる?」
朝食前に行う空腹ランニングは、運動中の脂質利用を高める方法として知られています。
継続することで、脂質代謝に関係する筋肉の適応や、運動中のグリコーゲン消費を抑える変化が起こる可能性もあります。
ただし、こうした代謝の変化が、そのまま持久力やレースタイムの向上につながるとは限りません。
本記事では、空腹ランニングに期待できるトレーニング効果と、取り入れる際の注意点を科学的根拠に基づいて解説します。
空腹ランニングとは

本記事における空腹ランニングとは、主に次のような状態で行うランニングを指します。
- 前日の夕食後から8~12時間程度、エネルギーを摂取していない
- 朝食を食べる前に走る
- 水や糖質を含まない飲料のみを摂取する
- ランニング中も基本的に糖質を摂取しない
一晩絶食すると、肝臓に蓄えられたグリコーゲンは減少します。一方、筋グリコーゲンまで大幅に枯渇するとは限りません。
そのため、朝食前に走るだけの空腹ランニングと、前日に高強度運動を行い、糖質補給を制限して筋グリコーゲンを減らす「train-low」や「sleep-low」は同じ方法ではありません。
空腹ランニングに期待できる効果

最初に結論をまとめると、空腹ランニングに期待できる効果は次のとおりです。
| 期待される変化 | 現時点での考え方 |
|---|---|
| 運動中の脂質利用増加 | 比較的期待しやすい |
| 脂質代謝に関係する筋肉の適応 | 起こる可能性がある |
| グリコーゲン消費の抑制 | 一部の研究で確認されている |
| ミトコンドリア関連の適応 | 低糖質利用状態で高まる可能性がある |
| 持久力・レースタイム向上 | 結果は一貫していない |
| VO₂max向上 | 食後トレーニングより優れるとは限らない |

最も確実に期待できるのは、空腹状態で行ったその運動中に、糖質より脂質を多く利用しやすくなることです。
しかし一方で、長期的な持久力向上については、まだ明確な結論が出ていません。
運動中の脂質利用が増える

食事を取ると血糖値とインスリン濃度が上がり、脂肪組織からの脂肪酸放出が抑えられます。
一方、空腹状態ではインスリン濃度が低く、脂肪組織から脂肪酸が供給されやすくなります。そのため、低~中強度運動では脂質由来のエネルギー利用が増える傾向があります。
2021年の実験でも、朝食前の空腹状態で運動した場合は、糖質またはタンパク質を摂取してから運動した場合より、運動中の脂質酸化量が多くなりました。
ただし、これは「体脂肪が長期的に大きく減る」という意味ではありません。
- 運動中に脂質を多く使う
- 1日を通して体脂肪が減る
- 持久力が向上する
この3つは分けて考える必要があります。
脂質代謝に関係する筋肉の適応が起こる可能性がある
空腹状態では、筋肉へ供給される糖質が少なくなり、脂肪酸をエネルギーとして利用する必要性が高まります。
この状態でトレーニングを行うと、脂肪酸の取り込みや運搬に関係するタンパク質の増加など、脂質代謝を支える適応が起こる可能性があります。
De Bockらは、参加者を空腹状態でトレーニングする群と、運動前・運動中に糖質を摂取する群に分け、6週間の持久系トレーニングを実施しました。
その結果、空腹群では脂肪酸結合タンパク質が増加しました。ただし、トレーニング後の運動中に測定した脂質酸化量は、両群で明確に変わりませんでした。

つまり、脂質を扱うための筋肉内の仕組みが変化しても、実際の脂質利用量や走力が必ず大きく向上するとは限らないということです。
グリコーゲンを節約できる可能性がある
グリコーゲンは、筋肉や肝臓に蓄えられている糖質です。
速いペースで走るときには重要なエネルギー源ですが、体内に蓄えられる量には限りがあります。そのため、長時間のレースでは、グリコーゲンの減少が失速へ関係します。
空腹ランニングを継続すると、同じ強度の運動で脂質を利用しやすくなり、筋グリコーゲンの消費を抑えられる可能性があります。
De Bockらの研究では、空腹状態で6週間トレーニングした群に、運動中の筋グリコーゲン分解を抑える変化が認められました。
ただし、次の点には注意が必要です。
- すべての研究で確認されているわけではない
- グリコーゲンの貯蔵量自体が増えるとは限らない
- グリコーゲンを節約してもレースタイムが必ず向上するとは限らない
- 高強度運動では糖質を十分に利用する能力も必要

マラソンでは脂質だけで走るわけではありません。脂質利用能力を高めながら、レースペースでは糖質を効率よく使い、補給した糖質も利用できる状態が理想です。
ミトコンドリアの適応を促す可能性がある
筋グリコーゲンや血中の糖質が少ない状態で運動すると、AMPKやp38 MAPK、PGC-1αなど、エネルギー代謝やミトコンドリア新生に関係するシグナルが強くなる可能性があります。
これが「糖質を制限した状態でトレーニングする」というtrain-low戦略の主な理論的根拠です。ただし、朝食を抜いただけでは、筋グリコーゲンが十分に低下していない場合があります。
したがって、一般的な空腹ランニングで、研究上のtrain-lowと同じ刺激が得られるとは限りません。
※強い疲労や練習の質の低下を招く可能性があるため、市民ランナーが筋グリコーゲンを意図的に枯渇させる必要もありません。
持久力が向上する可能性はあるが結果は一貫していない
空腹ランニングによって脂質代謝が変化すれば、長時間運動の能力も高くなりそうに思えます。
しかし、代謝の変化と実際のパフォーマンスは同じではありません。
De Bockらの研究では、空腹群と糖質摂取群のどちらも最大酸素摂取量が約7%向上しましたが、群間に明確な差はありませんでした。
持久系競技者16人を対象に28日間のトレーニングを行った研究では、糖質利用条件によって一部の代謝適応に違いが生じたものの、運動パフォーマンスの改善度は変わりませんでした。
一方、前日の高強度トレーニング後に糖質を制限し、翌朝に低強度運動を行う「sleep-low」を3週間実施した研究では、トライアスリートの10km走タイムが約2.9%改善しました。
ただし、sleep-lowは単純な朝食前ランニングではありません。
- 前日の高強度トレーニング
- トレーニング後の糖質制限
- 低グリコーゲン状態での翌朝トレーニング
- それ以外の練習では糖質を確保
という計画的な方法です。
※この研究結果を根拠に、「毎朝何も食べずに走ればタイムが縮まる」とは判断できません。
空腹ランニングのデメリット

高強度トレーニングの質が下がる可能性がある
インターバル走、レペティション走、テンポ走などでは、糖質が重要なエネルギー源になります。
空腹状態で行うと、
- 設定ペースに届かない
- 疾走時間や本数が減る
- 主観的運動強度が高くなる
- フォームが崩れやすくなる
- 回復が遅れる
といった問題が起こる可能性があります。
空腹状態でスプリントインターバルトレーニングを行った研究でも、トレーニング中の強度と運動量が低下しました。
代謝刺激を高めようとして、肝心のトレーニング量や速度が落ちれば、総合的な効果が小さくなる可能性があります。
長時間走では失速する可能性がある
空腹状態では肝グリコーゲンが減少しているため、長時間走では血糖値を維持しにくくなる場合があります。
特に、
- 60~90分以上走る
- マラソンペースを含める
- 起伏の多いコースを走る
- 暑い環境で走る
- 前日の食事量も少ない
といった条件では、疲労感やペース低下が起こりやすくなります。

長時間走の目的が「レース後半まで一定ペースを維持すること」であれば、糖質を摂取して質を確保する方が適しています。
レース中の糖質利用を練習できない
マラソンでは、ジェルやスポーツドリンクから糖質を補給します。
空腹・無補給の練習ばかり行っていると、
- 補給するタイミング
- ジェルと水分の組み合わせ
- 胃腸が耐えられる糖質量
- 補給しながら走る感覚
を確認できません。

脂質利用を高める練習と、糖質を使って高い出力を維持する練習は、両方必要です。
エネルギー不足を招く可能性がある
空腹ランニングを行っても、運動後に十分な食事を取れば、必ず低エネルギー状態になるわけではありません。
しかし、空腹ランニングに加えて食事制限を続けると、運動による消費量に対してエネルギー摂取量が不足する可能性があります。
長期的な低エネルギー利用可能性は、回復、骨、免疫、ホルモン機能、パフォーマンスなどへ悪影響を与える可能性があります。
「脂質代謝を高めたい」という目的で、日常的に食事量まで減らさないよう注意してください。
空腹ランニングに向いているトレーニング
空腹状態で行うなら、次のような負荷の低いトレーニングが適しています。
- 20~40分程度の軽いジョギング
- 会話できる程度のイージーラン
- 短時間のリカバリーラン
- ウォーキングとジョギングの組み合わせ
- ペースを求めない低強度の有酸素運動

重要なのは、空腹でも通常どおり楽に走れる範囲にとどめることです。空腹であること自体が、トレーニングの主目的にならないようにしましょう。
空腹状態を避けた方がよいトレーニング

次のような練習では、事前に糖質を摂取してトレーニングの質を確保する方がよいでしょう。
- インターバル走
- レペティション走
- テンポ走・閾値走
- マラソンペース走
- 60~90分を超えるロング走
- レースペースを確認する練習
- レース本番
- 暑熱環境での長時間ランニング
- 前日から食事量が不足している日の練習

高強度練習では、糖質を制限するよりも、予定したペースと運動量を達成することを優先します。
市民ランナーが空腹ランニングを試す方法

空腹ランニングに、全員共通の最適な時間や頻度は確立されていません。
初めて試す場合は、次のように段階的に進めます。
空腹ランニングを行うために、前日の夕食まで減らす必要はありませ ん。
普段どおり夕食を取り、一晩の絶食後に朝食前のランニングを行います。
空腹ランニングは、水分まで制限する方法ではありません。
起床後は水分を取り、暑い日や発汗量が多い場合は脱水にも注意してください。
最初から60分以上走らず、20分程度のウォーキングまたは軽いジョギングから始めます。
問題がなければ30~40分程度へ延ばします。
※これは研究で確立された最適量ではなく、安全性と継続性を考えた実践的な開始例です。
隣の人と短い会話ができる程度の強度にします。
ペースが大きく落ちる、脚に力が入らない、心拍数が普段より高い場合は、空腹状態にこだわらず練習を変更してください。
空腹ランニングを毎日行う必要はありません。
まずは週1回程度の低強度ランで試し、
- ペース
- 心拍数
- 主観的運動強度
- 空腹感
- めまいやふらつき
- その後の疲労
- 次の練習への影響
を確認します。
問題がなければ、トレーニング計画に応じて週1~2回程度を検討できます。
トレーニング後は、糖質とタンパク質を含む食事を取ります。
例えば、
- ご飯+卵+みそ汁
- パン+ヨーグルト+果物
- オートミール+牛乳
- おにぎり+プロテイン
- バナナ+牛乳+パン
などで構いません。

空腹時間を必要以上に延ばすことより、次のトレーニングへ向けて回復することを優先してください。
空腹ランニングを中止する目安
走っている途中に次の症状が現れた場合は、ペースを落とすか運動を中止してください。
- めまい
- ふらつき
- 冷や汗
- 手の震え
- 吐き気
- 強い脱力感
- 集中力の低下
- 動悸
- 視界の異常

糖尿病治療中、血糖値へ影響する薬を使用している、妊娠中、摂食障害の既往がある、低血糖を起こしたことがある場合などは、自己判断で行わず医療専門職へ相談してください。
空腹ランニングだけに偏らないことが重要

ランニングの能力を高めるには、すべての練習を空腹状態で行う必要はありません。
実践しやすい考え方は、練習目的に合わせて糖質摂取を変えることです。
| 練習内容 | 糖質摂取の考え方 |
|---|---|
| 短時間のイージーラン | 空腹状態を試してもよい |
| リカバリーラン | 体調がよければ空腹でも可能 |
| インターバル走 | 事前に糖質を確保する |
| テンポ走・ペース走 | 糖質を摂取して質を優先する |
| ロング走 | 必要に応じて事前・運動中に補給する |
| レース本番 | 糖質を十分に確保する |
| 補給練習 | 本番予定のジェルや飲料を使用する |
「楽な練習では必ず空腹」「高強度では必ず大量に食べる」と固定する必要はありません。
その日の練習負荷、走行時間、体調、前日の食事、次の練習までの回復時間に合わせて調整します。
よくある質問
空腹ランニングでマラソン後半の失速を防げますか?
しかし、失速にはペース配分、糖質補給、走行距離、筋疲労、暑さ、脱水なども関係します。
空腹ランニングだけで「30kmの壁」を防げるわけではありません。
空腹ランニングは毎日行った方が効果的ですか?
頻度を増やすほど効果が高まるという根拠は不十分です。高強度練習やロング走まで空腹で行うと、トレーニングの質と回復を損なう可能性があります。
コーヒーを飲んでも空腹ランニングになりますか?
ただし、カフェインによる動悸、胃腸症状、利尿への影響が気になる人は無理に飲む必要はありません。
空腹ランニング中にジェルを取ってもよいですか?
ジェルを取れば厳密には空腹・無補給条件ではなくなりますが、安全性とトレーニングの質を優先します。
まとめ
空腹ランニングでは、運動中の脂質利用が増え、脂質代謝に関係する筋肉の適応や、グリコーゲン消費を抑える変化が起こる可能性があります。
一方で、代謝が変化しても、VO₂maxやレースタイムが食後トレーニングより大きく向上するとは限りません。
市民ランナーが取り入れる場合は、
- 短時間のイージーランで試す
- 高強度練習では糖質を確保する
- ロング走や補給練習では糖質を摂取する
- 運動後は食事を取る
- 空腹状態を毎回の練習へ強制しない
という使い分けが現実的です。

空腹ランニングは、持久力を高めるための必須トレーニングではありません。
普段のランニングを継続したうえで、脂質代謝へ異なる刺激を加える補助的な方法として考えましょう。
参考文献
- De Bock K, et al. Effect of training in the fasted state on metabolic responses during exercise with carbohydrate intake. J Appl Physiol. 2008.
- Van Proeyen K, et al. Training in the fasted state improves glucose tolerance during fat-rich diet. J Physiol. 2010.
- Cox GR, et al. Daily training with high carbohydrate availability increases exogenous carbohydrate oxidation during endurance cycling. J Appl Physiol. 2010.
- Marquet LA, et al. Enhanced Endurance Performance by Periodization of Carbohydrate Intake: “Sleep Low” Strategy. Med Sci Sports Exerc. 2016.
- Rothschild JA, et al. Pre-Exercise Carbohydrate or Protein Ingestion Influences Substrate Oxidation but Not Performance or Hunger Compared with Cycling in the Fasted State. Nutrients. 2021.
- Terada T, et al. Overnight fasting compromises exercise intensity and volume during sprint interval training but improves high-intensity aerobic endurance. J Sports Med Phys Fitness. 2019.
- Mountjoy M, et al. 2023 International Olympic Committee’s consensus statement on Relative Energy Deficiency in Sport. Br J Sports Med. 2023.
風を切るランニング 