ランニングのトレーニングについて調べていると、「ATペース」「LT走」「乳酸閾値」といった言葉を目にすることがあります。
ATとLTは、どちらも運動強度が高まったときに起こる身体反応を基準にした指標です。実際のランニング現場では近い意味で使われることもありますが、厳密には同じ測定項目を指す言葉ではありません。さらに、LTにはLT1とLT2があり、どちらを「LT」と呼んでいるのかによって練習強度も変わります。
この記事では、市民ランナーに向けてATとLTの違いを整理し、閾値ペースの測定・推定方法、LTを高めるトレーニングまで解説します。
ランニングのAT・LTを簡単に説明すると

最初に結論をまとめると、ATとLTの関係は次のように考えると理解しやすくなります。
- AT:Anaerobic Thresholdの略で、日本語では「無酸素性作業閾値」
- LT:Lactate Thresholdの略で、日本語では「乳酸閾値」
- ATは概念、LTは主に血中乳酸濃度から求める指標
- ランニング現場では、ATとLTがほぼ同じ意味で使われることがある
- ただし、測定方法や定義が複数あるため、AT=LTと完全に同一視するのは正確ではない

ランナーが「LT走」と呼ぶ練習では、多くの場合、血中乳酸濃度が急に増えやすくなる上側の閾値、つまりLT2付近の強度を想定しています。
AT(無酸素性作業閾値)とは?

ATは、運動強度の上昇に伴い、乳酸の増加や呼吸応答の変化が目立ち始める境界を表すために提唱された概念です。
ただし、「ATを超えると突然、無酸素運動に切り替わる」という意味ではありません。走っている間は、有酸素性と無酸素性のエネルギー供給が同時に働いています。運動強度が上がるにつれて、その割合が連続的に変化します。
そのため、現在はATという一つの曖昧な言葉だけでなく、血中乳酸濃度から求めるLT、呼気ガスから求めるVT、一定強度を維持できるかで評価するMLSSなど、測定した指標を明示することが大切とされています。
LT(乳酸閾値)とは?

LTは、段階的に運動強度を上げたとき、血中乳酸濃度の増え方が変化する地点です。
乳酸は安静時や低強度運動でも作られています。乳酸そのものを単なる老廃物や疲労物質と考えるのは適切ではなく、ほかの筋や心臓などでエネルギー源として利用されるほか、糖新生の材料にもなります。

低い強度では、乳酸の産生と利用・除去のバランスが保たれています。ペースを上げると乳酸の産生量が増え、血中乳酸濃度が上昇しやすくなります。その変化をランニング速度や心拍数と対応させたものが、トレーニングで使うLTペースやLT心拍数です。
ATとLTの違い

| 項目 | AT | LT |
|---|---|---|
| 正式名称 | Anaerobic Threshold | Lactate Threshold |
| 日本語 | 無酸素性作業閾値 | 乳酸閾値 |
| 主な意味 | 代謝・呼吸応答が変化する境界を表す概念 | 血中乳酸濃度の変化から求める閾値 |
| 主な測定 | 乳酸、呼気ガスなど複数の方法 | 運動中の血中乳酸濃度 |
| ランニングでの使われ方 | 閾値強度の総称として使われることがある | LT走やトレーニングゾーンの設定に使われる |
研究では、乳酸閾値だけでも多数の算出方法が報告されています。固定値の2mmol/Lや4mmol/Lを使う方法、安静値から一定量増えた地点を使う方法、乳酸カーブの変曲点を計算する方法などがあり、選ぶ方法によって求められる速度や心拍数は変わります。
また、血中乳酸濃度から求めるLTと、呼気ガスから求めるVTは関連しますが、必ずしも同じ速度で現れるとは限りません。
ランナーを対象とした研究では、適切なプロトコルを用いたLT検査はVTの代替として有用になり得る一方、各指標を無条件に置き換えるべきではないことが示されています。

したがって、検査結果を見るときは「ATが何kmペースだったか」だけでなく、何を測定し、どの計算方法で閾値を決めたのかを確認する必要があります。
LT1とLT2の違い

持久系スポーツでは、運動強度を3つの領域に分けるために、LT1とLT2という2つの閾値が使われます。
| 指標 | 身体反応の目安 | ランニング中の感覚 | 主な活用 |
|---|---|---|---|
| LT1 | 血中乳酸濃度が安静レベルから上がり始める付近 | 会話を続けられるが、楽なジョグより少し強い | 有酸素性持久力、練習ゾーンの境界 |
| LT2 | 乳酸の増加がさらに大きくなり、長時間の定常維持が難しくなる付近 | 「きついが制御できる」、会話は短い言葉のみ | LT走、テンポ走、長距離記録向上 |
LT1は低強度域と中強度域の境界、LT2は中強度域と高強度域の境界として使われます。
ただし、LT1=2mmol/L、LT2=4mmol/Lと固定できるわけではありません。
血中乳酸濃度には個人差があり、食事、疲労、検査手順、各ステージの長さなどにも影響されるためです。
一般的なランニング用語としての「LT走」は、多くの場合LT2付近を狙う練習です。本記事でも、以降のLT走は上側の閾値付近を想定します。
LTが高いとランニングにどのような利点がある?

長距離走のパフォーマンスは、VO₂maxだけで決まりません。VO₂maxのうち何%に相当する速度を長く維持できるか、同じ酸素摂取量でどれだけ速く走れるかも重要です。
LT付近の速度が高いランナーは、乳酸濃度が大きく増え続ける領域に入る前に、より速いペースを維持できます。
そのため、LTやLTに対応する速度は持久系パフォーマンスの評価・トレーニング設定に利用されてきました。
ただし、「乳酸が出ない身体になる」わけではありません。

トレーニングによって、筋の酸化能力、乳酸の輸送・利用、毛細血管やミトコンドリアに関係する適応などが起こり、同じペースでの代謝負担が相対的に小さくなると考えられます。
自分のLTペース・LT心拍数を調べる方法

1.運動負荷試験で血中乳酸濃度を測る
最も直接的なのは、スポーツ医科学施設などで段階的運動負荷試験を受ける方法です。
トレッドミルの速度を段階的に上げ、各ステージの終わりに耳たぶや指先から少量の血液を採取します。得られた乳酸カーブからLT1やLT2に相当する速度・心拍数を求めます。
メリットは、個人の乳酸反応を確認できることです。
一方、検査プロトコルや解析方法によって結果が変わるため、再検査では同じ条件と算出法を使うことが重要です。
2.呼気ガス分析からVTを測る
心肺運動負荷試験では、マスクを着けて呼気ガスを測定し、酸素摂取量、二酸化炭素排出量、換気量などの変化からVT1・VT2を判定します。
VTとLTは関連する指標ですが、測定対象は異なります。検査票に「AT」とだけ書かれている場合は、乳酸から求めたのか、換気応答から求めたのかを確認しましょう。
3.フィールドテストで推定する
検査を受けられない市民ランナーは、一定時間のタイムトライアルから閾値強度を推定できます。実践しやすい方法の一つが30分走です。
- 平坦で安全なコースを選ぶ
- 15~20分のジョグと数本の流しを行う
- 30分間、失速せず維持できる最大努力に近いペースで走る
- 30分間の平均ペースを確認する
- 心拍数は立ち上がりの影響を避け、後半20分の平均値も記録する
ただし、これはLTを直接測る検査ではなく、あくまでトレーニング用の推定です。30分全力走のペースをそのまま毎回のLT走に使うと強すぎる人もいます。
最初は推定ペースより少し遅く設定し、呼吸、RPE、後半のペース低下から微調整してください。

また、暑さ、脱水、疲労、睡眠不足、カフェイン、坂道では心拍数やペースが変わります。条件が違う日は、時計の数値だけでなく主観的運動強度も併用します。
LT走のペースを判断する目安

検査をしていない場合、LT2付近の強度は次の特徴を組み合わせて判断します。
- RPE(0~10): 6~7程度から開始する
- 呼吸: 深く速くなり、文章での会話は難しいが短い言葉なら返せる
- 走行感覚: きついが、フォームとペースを制御できる
- 持続時間: レースならおおむね30~60分程度維持できる強度に近いが、個人差が大きい
- セッション後: 追い込み切るのではなく、もう数分なら続けられる余裕を残す
最大心拍数に対する一律の割合だけでLTを決める方法は、個人差を見落としやすくなります。固定された「最大心拍数の○%」ではなく、可能なら個別に測定・推定した閾値心拍数を使いましょう。
運動強度の処方では、個人の生理学的な閾値を基準にする方が、固定割合より強度領域を適切に分類しやすいと指摘されています。
LTを高めるランニングトレーニング

LTを高めるための代表的な方法は、LT2付近で行うテンポ走と、短いリカバリーを挟むLTインターバルです。
テンポ走
一定の閾値付近のペースを連続して走ります。
基本例
- ウォームアップ:15~20分
- LT走:15~25分
- クールダウン:10~15分

一定ペースを保ちやすい反面、設定が速すぎると後半に失速し、LT走ではなく高強度走になります。最初の5分を抑え、後半まで同じフォームで走れる速度を選びます。
LTインターバル
閾値付近の走行を分割し、短いジョグを挟む方法です。
基本例
- 8分×3本、つなぎ2分ジョグ
- 10分×2~3本、つなぎ2分ジョグ
- 2km×3本、つなぎ90秒~2分ジョグ

連続走よりペースを保ちやすいため、LT走に慣れていない人にも取り入れやすい方法です。リカバリーを長くしすぎるとセッションの性質が変わるため、「次の本を整えて始められる程度」の短いジョグにします。
LT1付近の持続走
LT2付近の練習だけでなく、LT1付近またはそれより低い強度で走る時間を確保することも重要です。低強度走は、強い疲労を残しにくく、持久力の土台となる練習量を積むために役立ちます。
LT走を増やしすぎるより、普段のジョグやロング走を継続し、その一部にLT走を組み込む方が現実的です。持久系アスリートの研究でも、トレーニングの大部分は低強度で行われています。
レベル別のLT走メニュー

| レベル | メニュー例 | LT付近の合計時間 | 頻度の目安 |
|---|---|---|---|
| 初めて取り入れる | 6分×3本、つなぎ2分ジョグ | 18分 | 7~10日に1回 |
| 初級~中級 | 8分×3本、つなぎ2分ジョグ | 24分 | 週1回 |
| 中級 | 20~25分のテンポ走 | 20~25分 | 週1回 |
| 中上級 | 10分×3本、つなぎ90秒~2分ジョグ | 30分 | 週1回を基本 |
表の数値は検査結果ではなく、健康な市民ランナー向けの実践的な開始例です。走歴、週間走行距離、目標種目、故障歴に合わせて調整してください。

ランニングを始めたばかりの人は、LT走を急いで行う必要はありません。まずは会話できる強度のジョグとウォークを継続し、30~40分動ける土台を作ります。
LT走を1週間へ組み込む例

週4回走る市民ランナーなら、次のようにLT走を配置できます。
| 曜日 | 内容 |
|---|---|
| 月 | 休養 |
| 火 | イージージョグ40分+流し |
| 水 | 休養または補強運動 |
| 木 | LTインターバル8分×3本 |
| 金 | 休養 |
| 土 | イージージョグ30~45分 |
| 日 | ロング走60~100分・会話できる強度 |

LT走の翌日に強いポイント練習やロング走を重ねず、回復日を挟みます。翌週も同じペースで余裕を持って完了できたら、最初に走行時間を少し増やし、その後にペースを調整します。時間と速度を同時に増やさないことがポイントです。
LT走でよくある失敗

LT走は、限界まで追い込む練習ではありません。最後に大きく失速する、呼吸が乱れてフォームを保てない、翌々日まで強い疲労が残る場合は設定が速すぎます。
心拍数は気温、湿度、疲労、水分状態、ストレスなどで変化します。一定心拍を守るために序盤からペースを上げすぎず、ペース・心拍数・RPEをまとめて判断しましょう。
4mmol/LはOBLAを示す基準として使われてきましたが、個人のLT2やMLSSが必ず4mmol/Lになるわけではありません。研究でも複数のLT算出法が存在し、固定濃度だけでは個人差を十分に反映できないことが指摘されています。
閾値付近は効果的な練習強度ですが、負担も小さくありません。低強度走、より高強度のインターバル、筋力トレーニング、休養にはそれぞれ異なる役割があります。LTだけを高めればすべての距離で速くなる、という単純な関係ではありません。
LTはランニングウォッチで正確に測れる?

一部のランニングウォッチは、走行ペースと心拍反応などからLTペースやLT心拍数を推定します。継続的に同じ機器・条件で変化を見る用途には便利ですが、血中乳酸濃度を直接測っているわけではありません。
表示された数値は絶対値ではなく、練習設定の出発点として使いましょう。LT走で毎回失速するなら下方修正し、余裕を持って完了できる状態が続くなら再テストを検討します。
AT・LTに関するよくある質問
ランニング現場では近い意味で使われることがありますが、厳密には測定対象と定義が異なります。「ATペース」と記載されている場合は、乳酸、呼気ガス、心拍数のどれを基準にしたものか確認してください。
完全に統一された呼び分けはありません。テンポ走は指導者やトレーニング体系によって幅広い強度を指します。LT走を「LT2付近に狙いを定めたテンポ走」と考えると整理しやすいでしょう。
市民ランナーは週1回からで十分です。初心者や故障明けでは7~10日に1回、またはLTより低い強度から始めます。ポイント練習を増やす場合も、週間走行距離、回復状態、ほかの高強度練習との合計負荷を確認してください。
一致するとは限りません。走力が高いランナーでは約1時間維持できるレースペースに近くなることがありますが、市民ランナーの10kmやハーフマラソンの所要時間は幅広いため、距離だけで決めるとずれます。直近レースのタイムは参考にしつつ、RPEや心拍反応も合わせて調整しましょう。
まとめ
ATは無酸素性作業閾値、LTは乳酸閾値を意味します。ランニング現場では似た意味で使われますが、ATは広い概念であり、LTは主に血中乳酸濃度から求める指標です。
さらに、LTには下側のLT1と上側のLT2があり、一般的なLT走では主にLT2付近を狙います。ただし、閾値の定義や測定方法は一つではありません。4mmol/Lや最大心拍数の一定割合を全員に当てはめず、検査方法、ペース、心拍数、RPEを組み合わせることが大切です。

LT走を始めるなら、6~8分の反復走から取り入れ、週1回を目安にします。「きついが制御できる」強度を守り、普段の低強度走と回復を土台にして継続しましょう。
※本記事は健康な成人ランナーを想定した一般的な情報です。運動中の胸痛、失神・失神しそうな感覚、通常と異なる強い息切れ、動悸などがある場合は運動を中止し、医療機関へ相談してください。
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