マスクを着けて走ると、普段より息苦しく感じることがあります。

「呼吸が苦しいなら心肺機能が鍛えられるのでは?」
「酸素を取り込みにくくなるため、高地トレーニングと同じ効果があるのでは?」
と考えるランナーもいるでしょう。
しかし、一般的な不織布マスクや布マスクを着けて走っても、**高地トレーニングと同じ低酸素環境にはなりません。**呼吸の抵抗や息苦しさは増える可能性がありますが、マスクを着けるだけでVO₂maxが効率よく向上するという根拠も不十分です。
本記事では、マスク着用ランニングが心拍数、酸素飽和度、VO₂max、ランニングパフォーマンスへ与える影響を研究から解説します。
マスクを着けて走っても高地トレーニングにはならない

最初に結論をまとめます。
| 項目 | 一般的なマスク | 低酸素・高地環境 |
|---|---|---|
| 主な負荷 | 空気の通りにくさ、熱、湿気、不快感 | 酸素分圧の低下 |
| 吸入する酸素濃度 | 基本的に大きく変わらない | 利用できる酸素が少ない |
| 酸素飽和度 | 多くは大きく低下しない | 低下しやすい |
| 呼吸への影響 | 呼吸抵抗や息苦しさが増える可能性 | 換気量や心拍数が増えやすい |
| ヘモグロビン量 | 増加する根拠はない | 適切な低酸素曝露で増える可能性 |
| 高地順化 | 期待できない | 条件によって起こる |
| VO₂max向上 | マスク固有の効果は不明 | 向上する可能性がある |
マスクを着けたときの苦しさと、高地で起こる低酸素刺激は別のものです。
「苦しい=身体へ有効な低酸素刺激が加わっている」とは限りません。
高地トレーニングでは何が起こる?

標高が高くなるほど気圧が下がり、空気中の酸素分圧も低下します。酸素の割合自体は平地とほぼ同じ約21%ですが、1回の呼吸で取り込める酸素が少なくなります。
身体が低酸素環境へ曝露されると、次のような反応が起こります。
- 呼吸数や換気量が増える
- 心拍数が上昇する
- 酸素飽和度が低下する
- エリスロポエチンの分泌が促される
- 長期間では赤血球量やヘモグロビン量が増える可能性がある
有名な方法が、標高の高い場所で生活しながら、質の高いトレーニングは標高の低い場所で行う**「Live High, Train Low」**です。
トレーニング経験のあるランナーを対象とした研究では、約4週間のLive High, Train Lowによって赤血球量、VO₂max、海面レベルでの走行パフォーマンスが改善しました。ただし、効果には個人差があり、すべての研究で同じ結果が得られているわけではありません。
高地トレーニング後のヘモグロビン量の増加とVO₂maxの増加には関連が報告されていますが、反応の大きさはランナーによって異なります。
一般的なマスクでは酸素分圧はほとんど変わらない

不織布マスクや布マスクは、標高を高くする装置ではありません。
マスクを通過した空気にも、基本的には周囲と同じ濃度の酸素が含まれています。高地のように大気圧や吸入酸素分圧が低下するわけではないため、全身を持続的な低酸素状態へ置くことはできません。
マスク着用時に起こりやすいのは、主に次の変化です。
- マスクを通る空気の抵抗が増える
- 顔周辺に熱や湿気がこもる
- 呼吸しにくい感覚が強くなる
- 吸った空気の一部を再び吸い込む
- 高強度では換気量を増やしにくくなる
- 息苦しさや閉塞感から運動を中止しやすくなる

したがって、一般的なマスクによる負荷は、高地の低酸素刺激よりも「呼吸抵抗と不快感」に近いと考えられます。
マスク着用ランニングで心肺機能は上がる?

マスクを着けて走ることで、マスクなしのランニングよりもVO₂maxや持久力が大きく向上するとはいえません。
マスクを着けた状態でランニングを続ければ、通常のランニングと同じように心肺機能が向上する可能性はあります。しかし、それは主にランニングそのものによる効果です。
マスク固有の上乗せ効果があるかどうかは分けて考える必要があります。
マスクを着けると息苦しさが増えるため、「普段より強いトレーニングができている」と感じることがあります。
ところが、息苦しさが強くなると、無意識に次のような変化が起こります。
- ペースを落とす
- インターバルの本数を減らす
- 運動時間を短くする
- 深い呼吸を避ける
- 予定より早くトレーニングを終了する

呼吸の苦しさが増えていても、脚や循環器へ加わる負荷まで高くなっているとは限りません。
特にVO₂max向上を目的としたインターバル走では、マスクによって走速度や継続時間が低下すると、必要な強度を維持できなくなる可能性があります。
マスクはVO₂maxにどのような影響を与える?

マスク着用中に測定されるVO₂maxについては、研究結果が一致していません。
布マスクを着けてトレッドミルを走った研究では、マスクなしと比較して運動継続時間が14%短くなり、測定されたVO₂maxも29%低下しました。
参加者は高強度になるほど息苦しさや閉塞感を訴えており、不快感によって最大努力まで運動を続けられなかった可能性があります。
一方、布マスク、不織布マスク、マスクなしの3条件で自転車運動を行った研究では、運動継続時間、最高出力、心拍数、酸素飽和度に明確な差はありませんでした。
また、不織布マスクを着けて一定強度の自転車運動を行った研究では、高強度運動の継続時間が約10%短くなりましたが、心拍数には明確な変化がありませんでした。
研究結果が異なる理由として、次の違いが考えられます。
- 布、不織布、N95などマスクの種類
- マスクの素材や通気性
- 顔への密着度
- トレッドミルと自転車の違い
- 一定強度運動と漸増負荷試験の違い
- 参加者の体力やマスクへの慣れ
- 運動時にマスクが汗で濡れたか
- VO₂測定用マスクを重ねて装着したか
これらを踏まえると、マスクを着けるとVO₂maxが必ず低下するとも、まったく影響しないとも断定できません。
ただし、マスク着用中に測定値が低くなったとしても、それだけで本来の心肺機能が低下したことにはなりません。息苦しさや不快感によって、最大努力まで走れなかった可能性もあります。
マスクを着けると心拍数は上がる?

同じペースで走れば、マスクによる呼吸抵抗や暑さの影響から心拍数が高くなる人もいます。しかし、研究全体では一貫した心拍数の上昇は確認されていません。
研究によっては、マスクを着けても心拍数がほとんど変わらない一方で、息苦しさや不快感だけが増えています。
また、実際のランニングでは、マスクによって走るペースが自然に低下します。その場合、息苦しさは強いのに心拍数は変わらない、あるいは低くなることもあります。
マスク着用時の負荷を判断するときは、心拍数だけでなく、次の項目も確認しましょう。
- 走行ペース
- 自覚的運動強度
- 呼吸の苦しさ
- 運動継続時間
- 気温と湿度
- めまいや頭痛などの症状
マスクを着けると酸素飽和度は下がる?

健康な人が不織布マスクや布マスクを着けて運動した場合、酸素飽和度は大きく低下しないとする研究が多くあります。
健康な運動習慣のある人を対象とした研究では、布マスクと不織布マスクのどちらでも、激しい自転車運動中の動脈血酸素飽和度や筋酸素化に明確な低下は認められませんでした。
一方、N95・FFP2のように密着性とろ過性能が高いマスクでは、一般的な不織布マスクよりも換気量や運動能力へ影響する可能性があります。
12人の健康な男性を対象とした研究では、不織布マスクとFFP2/N95マスクで最大換気量や運動時の快適性が低下し、影響はFFP2/N95で大きくなりました。
別のトレッドミル研究では、運動終了時の酸素飽和度がマスクなし、不織布マスク、FFP2/N95マスクの順に低くなりました。ただし、運動時間や推定VO₂maxには明確な差がありませんでした。
そのため、次のように整理できます。
- 健康な人では、通常のマスクによる大幅な低酸素は起こりにくい
- N95など密着性の高いマスクでは影響が強くなる可能性がある
- 最大運動時には小さな酸素飽和度低下が起こる場合がある
- 個人差や測定条件が大きい
- 酸素飽和度が下がらなくても息苦しさは増える
なお、ランニング中は腕の振動、発汗、末梢血流などの影響を受けるため、腕時計や指先のパルスオキシメーターで表示される数値が正確とは限りません。
低酸素マスクは高地トレーニングの代わりになる?

「低酸素マスク」「高地トレーニングマスク」「エレベーショントレーニングマスク」などと呼ばれる製品があります。
多くの製品はバルブによって空気の通り道を狭くし、吸気や呼気へ抵抗を加える構造です。しかし、これは吸い込む空気の酸素分圧を高地と同じように下げる装置ではありません。
一般的な高地トレーニングマスクは、次のように考える方が適切です。
高地を再現する装置ではなく、呼吸へ抵抗を加える装置
Porcariらは、24人の大学生を対象に、マスクありまたはマスクなしで6週間の高強度自転車トレーニングを行いました。
両群ともVO₂maxと最高出力が向上しましたが、マスク群だけに特別なVO₂max改善は認められませんでした。また、肺機能、吸気筋力、ヘモグロビン、ヘマトクリットにもマスク固有の改善はありませんでした。
別の研究でも、高地トレーニングマスクは実際の低酸素発生装置と異なり、運動中の酸素飽和度を低下させず、高地環境を再現していないと報告されています。
一部の設定や運動条件では軽度の酸素飽和度低下が報告されていますが、持続的な高地曝露と同じ生理学的刺激が得られるとはいえません。
マスクは呼吸筋トレーニングになる?

マスクによって空気の流れへ抵抗が加わると、横隔膜や肋間筋などの呼吸筋が普段より働く可能性があります。
しかし、一般的なマスクを呼吸筋トレーニング器具として使用することには、次の問題があります。
- 抵抗の強さを正確に設定できない
- 呼吸量によって抵抗が変わる
- 装着方法や顔への密着度で負荷が変わる
- 汗や湿気によって通気性が変化する
- 吸気と呼気のどちらへ負荷が加わるか分かりにくい
- 呼吸筋へ適切な負荷が加わっているか確認できない

したがって、マスクを着けて苦しくなることと、呼吸筋が効果的に強化されることは同じではありません。
吸気筋トレーニングでは、一定の圧力を超えないと空気が入らない専用器具などを使用します。最大吸気口腔内圧を測定し、その一定割合に負荷を設定できることが、通常のマスクとの違いです。
呼吸筋トレーニングのメタ解析では、タイムトライアル、一定負荷での運動継続時間、間欠的運動能力が改善する可能性が示されています。
特にトレーニング経験が少ない人や、運動時間の長い競技で効果が大きい傾向がありました。
一方、よくトレーニングされた持久系アスリートへ10週間の吸気筋トレーニングを行った研究では、吸気筋力と持久力は向上しましたが、VO₂maxや最大運動時の酸素飽和度は改善しませんでした。
つまり、呼吸筋トレーニングには一定の可能性がありますが、主な効果は次のように考えられます。
- 呼吸筋力や呼吸筋持久力の改善
- 運動中の息苦しさの軽減
- 長時間運動の継続能力改善
- 呼吸筋疲労の軽減
呼吸筋が強くなることとVO₂maxが上がることは同じではありません。
マスク着用でランニングが速くなる?

マスクを外したときに呼吸が楽になるため、「以前より速く走れるようになった」と感じることがあります。
しかし、これは必ずしも心肺機能が向上したことを意味しません。
マスクを外すことで、
- 呼吸抵抗が減る
- 顔の暑さや湿気が軽減する
- 息苦しさが減る
- 不安感や閉塞感がなくなる
といった即時的な変化が起こります。
重い靴で練習した後に軽い靴を履くと走りやすく感じることと似ており、マスクを外した直後の爽快感だけではトレーニング効果を判断できません。
効果を確認するには、マスクなしの同一条件で次を比較する必要があります。
- 一定ペースでの心拍数
- 一定心拍数での走行ペース
- タイムトライアル
- 同じペースでの自覚的運動強度
- 運動負荷試験で測定したVO₂max
心肺機能を高めるならマスクよりトレーニング内容を調整する

VO₂maxやランニング能力を高める目的であれば、マスクによって呼吸を苦しくするより、走る強度と量を調整する方が再現性があります。
会話できる程度の強度で走り、無理なく有酸素運動量を確保します。マスクを着ける必要がある場合は、普段のペースではなく呼吸や自覚的運動強度を基準に調整します。
VO₂maxを高めたい場合は、3~5分程度の速いランニングと回復を繰り返す方法があります。
マスクによって目標ペースを維持できない場合は、無理に着用したまま行うより、人の少ない屋外など安全に外せる環境を選ぶ方がトレーニング目的に合っています。
ある程度きつい強度を持続し、乳酸性作業閾値付近の能力を高めます。マスクの息苦しさによって強度管理が難しくなる場合は、心拍数だけでなくペースと自覚的運動強度も確認します。
長時間走ることで、筋持久力、エネルギー利用、疲労耐性を高めます。マスクで熱や湿気がこもると不快感が強くなるため、暑い時期は特に慎重な判断が必要です。
マスクを着けて走るときの注意点

感染対策、花粉、ほこりなどを理由にマスクを着用して走る場合は、心肺機能を追い込むことより安全を優先します。
マスクなしと同じペースから始めず、ウォーキングや軽いジョギングで反応を確認します。
息苦しさが増えても心拍数が上がるとは限りません。呼吸の苦しさ、暑さ、めまい、走行ペースも確認してください。
汗や呼気でマスクが濡れると通気性が変化し、呼吸しにくさが増す可能性があります。必要に応じて交換できるよう、予備を用意します。
マスクは顔周辺の熱や湿気による不快感を強めます。気温や湿度が高い日は、涼しい時間へ変更する、日陰を選ぶ、距離を短くするなどの調整が必要です。
次のような症状がある場合は、無理に走り続けないでください。
- 強い息苦しさ
- 胸の痛みや圧迫感
- めまい、ふらつき
- 頭痛や吐き気
- 意識がぼんやりする
- 動悸が続く
- 歩いても呼吸が回復しない

呼吸器・循環器疾患がある人、運動誘発性の喘息が疑われる人、体調不良がある人は、マスクを着けた高強度運動を自己判断で行わず、医療機関へ相談しましょう。
マスク着用ランニングに関するよくある質問
一般的なマスクを着けて走ることで、肺活量が大きく増えるという根拠はありません。
肺活量は肺や胸郭の大きさ、年齢、性別、体格などの影響を受けます。持久力が向上しても、肺活量そのものが大幅に増えるとは限りません。
健康な人が通気性のある一般的なマスクを通常の方法で使用した場合、危険な二酸化炭素蓄積が必ず起こるわけではありません。
ただし、密着性の高いマスク、高強度運動、暑熱環境などでは、息苦しさや換気への影響が強くなる可能性があります。マスクを重ねる、通気口を塞ぐなど、想定外の方法で呼吸抵抗を高めることは避けてください。
マスクによって息苦しさや発汗量が増えても、それだけで体脂肪が多く減るわけではありません。
汗で減った体重の多くは水分です。また、マスクによって走行ペースや運動時間が低下すれば、消費エネルギーが減る可能性もあります。
一般的なマスクや呼吸抵抗型のトレーニングマスクでは、実際の高地と同じ低酸素曝露を再現できません。赤血球量やヘモグロビン量を増やす高地順化効果は期待しにくいでしょう。
まとめ
マスクを着けて走ると呼吸が苦しくなることがありますが、苦しさの主な原因は呼吸抵抗、熱、湿気、不快感であり、高地と同じ低酸素刺激ではありません。
一般的なマスクを着用したランニングについては、次のように整理できます。
- マスクを着けるだけで心肺機能が大きく向上する根拠はない
- 高地トレーニングと同じ効果は期待できない
- 健康な人では酸素飽和度が大きく低下しない場合が多い
- N95など密着性の高いマスクは影響が強くなる可能性がある
- 高強度では運動時間やペースが低下することがある
- 息苦しさが強くても、効果的な運動負荷とは限らない
- 呼吸筋を鍛えるなら負荷を設定できる専用器具の方が適している
- VO₂max向上にはインターバル走など目的に合った運動を選ぶ

マスクを着けて走る必要がある場合は、トレーニング効果を高める道具としてではなく、必要な目的のために使用し、その分だけペースや運動時間を調整するという考え方が適切です。
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風を切るランニング 
